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2007年6月2日の1件の記事

2007年6月 2日 (土)

南漢山城 (남한산성) ~17世紀、山城の集大成

李朝時代の代表的な山城。これまで見に行った三国時代の山城とは違って後代にできただけに、流石に山城の集大成・完成形という感がある。首都ソウルの北に位置する北漢山城とあわせて、南北から首都を防御する要の城塞として機能した。
全長7.5km、規模も大きく、内部には王の離宮、寺、見張り台、貯水池などの施設が並び、4つの城門も城壁も立派なものである。避難用の秘密の門であった、暗門もいくつかある。南門から城壁に沿って西回りで北門まで約半周を回り、そこから城内をショートカットして東門を見た。これでほぼ半日かかった。

この城、こんなに立派なのに初築年代がはっきりしていない。かつては百済の城があったのではと言われていたが、それを裏付けるようなものは見付かっていない。三国史記で、新羅文武王13年(673)、漢山州に晝長城(別名日長城)を築いたとあるのが、この城ではないかと言われている。近年の発掘により、城内で統一新羅時代の大型建物跡が見付かっており、少なくともその時代までは遡るようだ。 高麗時代の記録は無く、その次はいきなり李朝初期の1410年、修築を議論した記録に飛んでいる。現在の城壁は、17世紀始めに、後金の侵略に備えて大々的に改築したものである。実際に時の王仁祖は、ホンタイジの軍に攻められてここで40日間籠城した。城自体は堅固で落ちなかったが、江華島を始めとして主要地を落とされたのと糧食の不足から、降伏して城門を空けることになった。

地下鉄8号線山城駅からバスで15分ほどで、城内中心地点のロータリーまで行くことが出来る。ロータリー周辺はたくさんの飲食店でにぎわっている。

2006年11月5日踏査

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▲左下の南門から左周りで上の北門まで行き、中心のロータリー経由で右下の東門を見て帰った。約半日の行程。

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▲城内から見た南門。

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▲いくつもある暗門の一つ。

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▲西側の城壁。

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▲▼西門

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▲西門を遠景で

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▲ソウル市内が遠くまで見晴らせる

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▲西の雉城。城壁の張り出し部で、側面から敵を攻撃するための構造。古くは高句麗の山城から見られる。2006_1105_095229aa_640

▲甕城と呼ばれる構造で、上掲の雉城近くから外側に細長く突き出している。これも城に迫る敵を側面から攻撃するためのものだ。

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▲甕城の先端部

2006_1105_095723aa_640 ▲甕城の先端部から城内を見たアングル。

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▲西門を過ぎると北門に向かって急斜面が続く。石垣は斜面に水平に築き、銃眼を備えた女墻(ひめがき)はレンガで山の斜面に平行して築いている。平衡感覚がおかしくなりそうだ。

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▲▼補修工事中の北門

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▲城内飲食店街の銀杏

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▲ロータリーから東門に向かう道

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▲ちょうど紅葉真っ盛りで行楽客で賑わっていた

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▲▼東門

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▲東門の南側は道路を通すために崩されていた。

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▲東門から南側城壁を見渡す。このあたりが谷になっている。

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