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2007年6月 3日 (日)

三田渡碑 または大清皇帝功徳碑 (삼전도비)

1636年、清の太宗ホンタイジが江南にやってきた、というと何やら妙に現実味が湧く。南漢山城に行った時に、「丙子胡乱の時に仁祖が籠城した」と説明版に書いてあるのを見て 丙子胡乱って何だ?と思い、調べて見たら怖い話。
 後金が清朝となり、中国皇帝を宣言したのを16代朝鮮王仁祖は認めなかった。中国皇帝は漢民族の明の皇帝だけで満州族は野蛮人だと。怒ったホンタイジは10万の兵で自ら朝鮮を攻め、わずか5日間で漢城を陥落。仁祖は漢江の南、三田渡でホンタイジに三跪九叩頭の礼(三度跪き、九度頭を地にこすりつける)という中国皇帝に対する臣従を示す礼を取らされた。さらに膨大な賠償金、王子を含む多数の人質などなどを差し出すことに。とどめがこの石碑を作らされたこと。「大清皇帝功徳碑」という恩着せがましい名称を見て分かるとおりの内容。仁祖の詫び状と、慈悲深く徳に満ちたホンタイジを褒め称える文章が、くどくも漢語、モンゴル語、満州語の三ヶ国語で書かれている。韓国ではあっさりと、三田渡碑と呼ばれる。
朝鮮の支配権を争った日清戦争で清が負けると、この屈辱的な石碑は清の使節をお迎えした迎恩門と同様に倒された(西大門区の独立門前に支柱のみ残存)が、その後、日本支配時代に日本人により元に戻されたという(これはやはり嫌がらせか)。日本の敗戦で、また倒されて捨てられるが、1960年代の漢江の洪水で再発見され、現在に至る。
何度捨てても蘇る不気味な石碑。朝鮮にコケにされたホンタイジの怒りの怨念は300年以上消えないのか??

百済の積石塚古墳がある石村洞の住宅地の児童公園にポツンと残っている。驚くのは、ホンタイジに土下座する仁祖のレリーフが横に併置されてること。自虐的に見えるけど、韓国側からすると、あの恨みと屈辱を忘れるな!って感じなのだろうか?・・・・どちらも恐ろしい。

それにしても、日本は島国で大陸と直結してなくて良かったなぁ、とつくづく思わされた。

2006年11月12日踏査

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▲地下鉄8号線石村駅6番出口から石村洞古墳のある西に歩いてすぐの路地を入る。路地の入り口にこの案内表示もある。

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▲住宅街の中にポツンと立っている。

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▲中国皇帝を象徴する龍のレリーフ。

2006_1112_150653aa_640▲漢字で大清皇帝功徳碑と読める。漢語が裏面になっている。

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▲ホンタイジに臣下の礼をとらされる仁祖のレリーフ。三田渡碑から少し離れたところに設置されている。「三田渡の受難」というタイトルと説明文、1982年12月の日付があった。

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▲石碑の台となる石亀は二つあるが、もう片方にどんな石碑が乗っていたのか分からない。

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▲満州文字かモンゴル文字のどちらかだが、筆者には区別できない。こちらが表面になる。

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コメント

URLに出ているように今年の2月にこの石碑はスプレーで落書きされましたよね。
この写真を撮ったのは去年だからないんでしょうね。
それにしても中国が高句麗は中国史だといい出した話しは結構長引いてますよね。

よく知ってましたね。そうです、この石碑、よく無事でと思っていたらやはりそんな目にあってました。もう一つついでに言うと、碑文を書かされた朝鮮人の名前が彫られた部分が削られているそうです。いつから削られているのか分かりませんがずいぶん前からのようです。
最近の中国との高句麗を巡る歴史戦争はもう2年くらい続いてるかと思いますが、中国が方針を変えることはなかろうと思うので、ずっと懸案として残るでしょう。この歴史戦争の副産物としては、テレビドラマ「朱蒙」を筆頭とした高句麗大ブームが続いてまして、高句麗関連の出版物も多く出、歴史好きの私としてはありがたい感じです。

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