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2007年8月11日 (土)

鶏足山城(계족산성)~百済と思ったら新羅だった

大田市にある山城、鶏足山城を訪ねる。大田市は百済と新羅の境界あたりに位置する最前線の地であったためか、なんと市内に40箇所もの山城が残っている。この鶏足山城はその中でも最大の規模を誇る。 標高420mの鶏足山の頂上を全長1,037mに渉って囲んだ石築の山城である。

位置的にあまりに百済の領域に近すぎることから、長年、百済の城と言われてきたが、近年の発掘調査で新羅の土器ばかりが多く出土し、百済の土器はほとんど出なかった。また、城の構造を見ても西高東低の地形であり、巨大な西の城壁で西方の敵に備えているように見える。他にも、構造上の特徴として、1.百済系の城では見られない懸門式(凹型)の城門を備えていること、2.新羅の城の特徴である、城壁を補強するための、補築構造が城壁外側下部に見られることがあげられている。これらのことごとくが、この城が百済ではなく、新羅が築いた山城であるということを示している。

10m級の雄大な西壁(写真)は、報恩の三年山城を彷彿とさせ、三国時代のものとしては見事である。 午後遅い時間から登り始めた為に、時間不足で南門と西側の城壁など一部しか見ることが出来なかった。東側城壁のすぐ内側に残る巨大な貯水池跡や、その周囲の城壁などが未見で、ぜひ再訪したい。

2007年1月1日踏査

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▲麓から見た鶏足山城の西側城壁。

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▲登山案内図。山城はC地点。E地点からD地点まで上り、そこからは尾根伝いにアップダウンを繰り返しつつじわじわと登っていく。登山道はよく整備されていて、小雨がぱらつく曇天にもかかわらず、登山客が多かった。

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▲頂上近くで東側の湖を見晴らす。

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▲50分程も登って、やっと城が遠くに見えてきた。

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▲城門が目の前に近付く。

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▲南門に到着。ここまで一時間かかった。

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▲▼南門は綺麗に復元されているが、右側奥に進むと古い城壁の残存部分を見ることが出来た。

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▲復元された2007_0101_155811aa_800 南門の左側。水門が見える。二段も補築されている。

▲城門は新羅の城の特徴である、懸門式。観光のためにこのように階段が設置されているが、元はハシゴをかけていたと思われる。篭城が完了すると、ハシゴを上げて敵が入れないようにしたものであろう。この城門に至る道は、勾配が急で幅も狭い。三国時代の山城は、わざとこういう場所に城門を設けていたようだ。

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▲いよいよ南門から城内へ。

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▲▼城内から見た南門内側。

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▲国家史跡を示す石碑。

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▲南北に長い形の山城の西側城壁に沿って進む。城壁に平行して排水溝があるが、元からあったものを復元整備したのか、後から作ったものか分からない。

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▲復元整備された西城壁が続く。

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▲このV字型の城壁の窪みが何なのか分からなかった。

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▲史跡355号、鶏足山城の解説版。

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▲西門の跡だろうか?

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▲▼復元された西城壁が途切れる辺りには、崩れた城壁の残骸が散らばっている。

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▲城内東側を見下ろす。東城壁に向かって、S字の道ができている。これを進めば貯水池跡にたどり着いた筈だが、時間が無く断念。

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▲▼カメラの望遠で、2007_0101_163304aa_800 東城壁の内側が何とか見えた。

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▲4時半を回り、暗くなる前に下山するため、南門に戻る。

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▲▼南門をもう一度カメラに収めて、下山する。

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▲急いで下山した積りが、麓に着く前に真っ暗に・・・。17時44分。

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▲17時53分。真っ暗な山道を独りで歩く。かなり心細くなったところで、麓のアパートまで2.3kmの案内表示を見つけて一安心。

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▲どこだか分からない住宅街に無事下山し、大通りに出てタクシーを拾い、大田駅に到着。18時30分。

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