« 2007年10月3日 | トップページ | 2007年11月3日 »

2007年10月21日の2件の記事

2007年10月21日 (日)

扶余 青馬山城 (청마산성) ~全長10km??百済最大の山城

午前中に聖興山城を見た日に、昨年できた百済歴史文化館に行き、100年前の扶余の写真展を見た。国立中央博物館が所蔵している1910~1930年代のガラス乾板写真から、扶余を写したものを集めて展示する企画だった。写真集も購入。6,000ウォン。安い!
ここで青馬山城の写真を見た。時間もまだ昼過ぎで余裕がありそうだったので、この羅城の東側を守る山城にも思い切って行って見ることにした。

月明山(標高118m)の稜線上に築いた山城でこれまでは全長6kmと考えられていた。しかし最近の調査で、大小の山城が繋がった10kmに及ぶ巨大な複合式山城と判明した!とのこと。国家史跡34号にも指定されており、すぐ分かるだろうと高をくくって行ってみたが、どこだかさっぱり分からない。大雑把な観光案内板を目安に近くまでタクシーで移動し、そこからは人に道を聞き聞き訪ねた。 40分ほど山道を歩き回り、無駄に小山を一つ越えて、やっと青馬山城の説明版が立っているところにたどり着いた。しかし現地に残っていたのは稜線上の小高い小山に散在する崩れた石材だけ。それでも一応100年前の写真と同じ場所のような気はする。 他に大きな水門が写ったそそられる城壁の写真もあったが、これはどこで撮ったものか今でも判明していないらしい。その城壁はもう残っていないのかもしれない。
しかし、どこをどう調査して10kmと言っているのか、城の縄張りがさっぱり分からなかったのが残念だった。専門家にでも案内してもらわないと無理だ。恐らくさんざん歩いた稜線そのものが土城址だったのではないかと思うが。

2007年2月10日踏査

2007_0210_130617aa_800   

続きを読む "扶余 青馬山城 (청마산성) ~全長10km??百済最大の山城" »

扶余 聖興山城 (성흥산성) ~501年築城の加林城に比定

501年(百済東城王23年)8月、衛士佐平 白加が築城。この地方は当時加林郡と言ったので、加林城と呼ばれた。百済の城郭中、築城年がはっきりした唯一の城とのことである。 白加は、加林郡に送られたことを恨んで反乱を起こしたが、敗れて殺されたと三国史記にあるとのことだ。

この山城は、扶余の南方に位置する聖興山(標高260m)の山頂にある。外周1.5km。南側など一部の城壁は石築になっているが大部分は版築土塁で築いている。石築の南門と東門が残っている。ここは都である泗沘城全体を南から見晴らせる場所なのだが、霧が濃くて見られなかった。
泗沘(サビ)城は街全体が羅城で囲まれていたが、この羅城をさらに外側から囲むように、いくつも山城が築かれている。聖興山城はこの都のすぐ南を守る位置であるが、築城は泗沘城へ遷都した538年よりも37年も先立っている。遷都以前に既にこの地が百済にとって重要な地であったことが伺える。

2007年2月10日踏査

2007_0210_085343aa_1024

続きを読む "扶余 聖興山城 (성흥산성) ~501年築城の加林城に比定" »

« 2007年10月3日 | トップページ | 2007年11月3日 »

フォト

にほんブログ村 ランキング

  • にほんブログ村 歴史ブログ 考古学・古代史へ
    面白いと思ったらクリックしてみてください!
2015年8月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          
無料ブログはココログ