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2007年10月21日 (日)

扶余 聖興山城 (성흥산성) ~501年築城の加林城に比定

501年(百済東城王23年)8月、衛士佐平 白加が築城。この地方は当時加林郡と言ったので、加林城と呼ばれた。百済の城郭中、築城年がはっきりした唯一の城とのことである。 白加は、加林郡に送られたことを恨んで反乱を起こしたが、敗れて殺されたと三国史記にあるとのことだ。

この山城は、扶余の南方に位置する聖興山(標高260m)の山頂にある。外周1.5km。南側など一部の城壁は石築になっているが大部分は版築土塁で築いている。石築の南門と東門が残っている。ここは都である泗沘城全体を南から見晴らせる場所なのだが、霧が濃くて見られなかった。
泗沘(サビ)城は街全体が羅城で囲まれていたが、この羅城をさらに外側から囲むように、いくつも山城が築かれている。聖興山城はこの都のすぐ南を守る位置であるが、築城は泗沘城へ遷都した538年よりも37年も先立っている。遷都以前に既にこの地が百済にとって重要な地であったことが伺える。

2007年2月10日踏査

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▲麓の登山口から見た聖興山 2007_0210_105037aa_800

▲聖興山案内図

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▲▼解説版のある駐車スペースのところを入ってまっすぐ進むと岩山が見える。

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▲急な登り道を少し上がっていくと、すぐにこの南城壁と特徴的な南門が目に入ってくる。

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▲▼南門。

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▲南門を上から見る。左右円形に湾曲している。入口に障害物を設けていない平門式である。

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▲▼南門につながる南壁。

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▲▼残存城壁の上に近年の補修城壁が重なっている。

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▲南壁の上から。朝霧で視界が悪い。

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▲南門から西に伸びる城壁を城内から見る。地形に沿って階段状に下っている。

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▲西回りで城壁に沿って進む。南門方向を見上げる。

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▲階段状に下る部分。

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▲▼坂を下りきったあたりで一旦石築の城壁が途切れる。北側に回り込むあたりで一部石垣が残っていた。

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▲▼この後は、土塁が延々と続く。

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▲▼ぐるりと巡って、東門にたどり着く。

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▲ここも基本的には南門と同じ平門式である。

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▲▼左右の石垣を城内から

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▲城外に出て東門を見上げる。南門と同じように円形に湾曲させた石垣だ。

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▲上から見た東門。埋め戻されていて分からないが、この入口には、二段の階段状の石列が作られているらしい。

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▲▼井戸の跡が整備されていた。

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▲下山する途中で、中腹にある高麗時代の大鳥寺に寄り道した。

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▲山の斜面を階段状に造成して石垣を積んでいる。大仏が遠くに見える。

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▲▼境内に入ると、小鹿と犬がお出迎え。人懐こく、ずっと付いてきた。

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▲高麗時代の仏塔。この地方では少ない、統一新羅の様式とのこと。

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▲一番上段に、本尊の巨大な石仏がある。

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▲▼宝物217号指定の弥勒菩薩立像。高さ10m。高麗初期のものとのこと。

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▲石仏の正面に本殿が作られている。本殿の中には仏像が無く、ただこの石仏の顔が見えるように窓が開いており、そこで拝むようになっている。それにしても無愛想な顔だと思った。

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