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2007年12月23日の1件の記事

2007年12月23日 (日)

楊州 大母山城(양주대모산성)

ソウル市の北、京畿道楊州市にある大長今テーマパークへ家族で出かけた帰りに、楊州大母山城に立ち寄った。

楊州大母山城は、標高213mの大母山の山頂を1.4kmに渉って囲んだ石築の山城である。この城から発掘された遺物は、百済、新羅、高麗、李朝のものだけでなく、先史時代の半月形石刀も出ている。実に先史時代から現代に至るまで人が住み続けた土地である。西門から見晴らした写真でも分かるように今も大半が農地。肥沃な土地なのだろう。
城壁は、大半が崩れて石材が山肌に散乱しているが、城壁の下層部は何箇所かでよく残っていた。東、西、北の3箇所の城門址もよくわかる形で残っている。城門は、懸門式でハシゴを掛けて城内に入るタイプ。 外壁下部には補築城壁と呼ばれる補強の為の補助城壁が積まれており、懸門式の城門と共に新羅の古城によく見られる様式である。

この城は、670~676年まで続いた新羅・唐の戦争の終盤、最大の陸戦が行われた買肖城の比定地候補である。675年の買肖城の戦いで、新羅は唐の陸軍20万を撃退、翌年には錦江の河口で海軍も打ち破り、完全に唐の勢力を駆逐して戦争が終結した。663年、日本軍が百済復興の為に出兵して敗れた白村江の戦いからも10年以上が経過している。

今も韓国に数多く残る新羅様式の古城の内、かなりの部分が、この7年も続いた羅唐戦争に備えて作られたものかもしれない。日本でもこのような不安定な緊張が続く大陸・半島の情勢を受けて、この期間に古代山城が大和朝廷の手によって西日本各地に作られていく。

2007年2月18日踏査

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