« 雪城山城(설성산성)~漢城百済の痕跡-6 | トップページ | 月籠山城(월롱산성)~漢城百済の痕跡-7 »

2008年2月10日 (日)

烏頭山城(오두산성)~漢江と臨津江の交わる国境地帯

京畿道の北西部、坡州市にある烏頭山城を訪ねる。
この地域は漢江と臨津江が交わり、海につながる交通の要衝であり、三国時代から現代まで熾烈な戦闘が繰り返されてきたところである。

現在、この山城跡には統一展望台が建っている。展望台に上って河向こうの北朝鮮を望み見ると、右に臨津江、左が漢江で、正面の陸地が北朝鮮となる。この山城はこの二つの大河が交わるところに突き出た岬のような地形になっている。標高119mに過ぎないが、周囲に高い山が無く眺望は極めて良い。この辺りで要塞を作るなら正にここしかないだろう。

発掘された遺物も、この交通の要衝だけあって三国時代から李朝時代のものまで連続している。李朝時代から、この城の立地から推測して、392年に高句麗軍が20日間で陥落させた百済の関弥城に比定されてきたが、今のところそれを積極的に裏付けるような遺物は見つかっていない。遺物中、注目されるのは「元泉」「泉井」「草下」などの銘文が刻まれた瓦片。676年に、新羅が唐との決戦の前に戦った「泉城」との関連が指摘されている。

肝心の城の遺構であるが、残念ながら北側駐車場裏の斜面に10数m、ほんの数段の石積みが残るだけである。朝鮮戦争の際、激しく破壊されてこれしか残っていないとのこと。それ以前の写真があれば是非見てみたいものだ。

2007_0301_085912aa_800

2007年3月1日踏査

  2007_0301_091322aa_800

▲統一展望台

2007_0301_090511aa_800

2007_0301_090502aa_1024_2

▲史跡解説板

2007_0301_090546aa_800

▲駐車場奥に城跡の案内板が立っている

2007_0301_090604aa_800 

▲「関弥城」と書かれている。

2007_0301_100617aa_800

▲駐車場裏の斜面が城壁跡である。

2007_0301_090741aa_800

2007_0301_090902aa_800

▲▼このビニールシートで覆われた部分がわずかに残る城壁である。

2007_0301_090929aa_800

2007_0301_090937aa_800

▲僅か二~三段が露出している。この下にもう少しあるかもしれない。保護の為に埋め戻しているかも。

2007_0301_093546aa_800

▲展望台上から四方を見晴らす。まずは北側。右が臨津江、左手前が漢江で、正面の陸地が北朝鮮

2007_0301_093612aa_800

▲北朝鮮を遠望。住民が動く姿がちらほら見えた。

2007_0301_093737aa_800

▲南東

2007_0301_093744aa_800

▲南西

2007_0301_093811aa_800

▲東

2007_0301_100009aa_800

▲展望台の中では、北の物産展が。太陽政策のお陰で対北最前線の緊張感はまるで無い。

2007_0301_095954aa_800

▲平壌ブランドの焼酎

« 雪城山城(설성산성)~漢城百済の痕跡-6 | トップページ | 月籠山城(월롱산성)~漢城百済の痕跡-7 »

ソウル・京畿道の史跡」カテゴリの記事

山城」カテゴリの記事

新羅の史跡」カテゴリの記事

百済の史跡」カテゴリの記事

臨津江沿岸の史跡」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 雪城山城(설성산성)~漢城百済の痕跡-6 | トップページ | 月籠山城(월롱산성)~漢城百済の痕跡-7 »

フォト

にほんブログ村 ランキング

  • にほんブログ村 歴史ブログ 考古学・古代史へ
    面白いと思ったらクリックしてみてください!
2015年8月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          
無料ブログはココログ