« 2008年3月5日 | トップページ | 2008年3月27日 »

2008年3月20日の1件の記事

2008年3月20日 (木)

七重城(칠중성)~ここもボロボロです

京畿道坡州市積城面、七重城を訪ねる。

臨津江沿いの古城の一つで、標高149mの重城山の頂上にある。三国史記で何度も登場する城で、三国の熾烈な争奪戦の渦中にあった場所であり、国家史跡に指定されている。ここで新羅と高句麗が幾度も戦いを繰り広げ、三国統一後は羅唐戦争の舞台にもなっていたらしい。

実際に来て見ると、なるほど、たったの149mの高さとは思えない眺望の良さ。南北の陸路を遠くまで見通すことができ、臨津江の動きも見張ることが出来る。
この地の利は朝鮮戦争でも変わらず、国連軍の英国軍一個大隊がこの山に駐屯し、三万人余りの中国人民解放軍との戦いに臨んだとのこと。国連軍と言ってもほとんど米軍だろうと思ってしまうが、実際には複数の国が軍を派遣していたのだと実感する。

おそらく朝鮮戦争とその後の韓国軍の陣地造成に伴って、城跡はほとんど破壊され、残っていなかった。ごく一部に城壁の断片が残るのと、無数の土器片が散在していることが、わずかに昔をしのばせる。遺物は大半が新羅系のもの。高句麗のも少しでているらしいが、百済の遺物は出ていない。

山の頂上の外周には塹壕が張り巡らされているが、この陣地では塹壕の補強に、元の城壁の積み石と思われる石が大量に転用されていた。他の陣地では古タイヤで補強されているのをよく見るが、ここには城壁の石がふんだんに残されていたので、それをそのまま流用したのだろう。 トーチカの内部を覗いてみると、臨津江の向こう岸の地形と、敵陣らしきものが色付きで書かれていて、矢印が何本か敵陣に向かって記されている。大きな銃眼の両側には古臭い書体のハングルで、左に「初弾命中」、右に「初戦撲殺」と殺伐とした標語が書かれている。

近代戦の戦跡地は、どうも生々しすぎる。

2007年3月17日踏査

2007_0317_104544aa_800

続きを読む "七重城(칠중성)~ここもボロボロです" »

« 2008年3月5日 | トップページ | 2008年3月27日 »

フォト

にほんブログ村 ランキング

  • にほんブログ村 歴史ブログ 考古学・古代史へ
    面白いと思ったらクリックしてみてください!
2015年8月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          
無料ブログはココログ