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2008年3月20日 (木)

七重城(칠중성)~ここもボロボロです

京畿道坡州市積城面、七重城を訪ねる。

臨津江沿いの古城の一つで、標高149mの重城山の頂上にある。三国史記で何度も登場する城で、三国の熾烈な争奪戦の渦中にあった場所であり、国家史跡に指定されている。ここで新羅と高句麗が幾度も戦いを繰り広げ、三国統一後は羅唐戦争の舞台にもなっていたらしい。

実際に来て見ると、なるほど、たったの149mの高さとは思えない眺望の良さ。南北の陸路を遠くまで見通すことができ、臨津江の動きも見張ることが出来る。
この地の利は朝鮮戦争でも変わらず、国連軍の英国軍一個大隊がこの山に駐屯し、三万人余りの中国人民解放軍との戦いに臨んだとのこと。国連軍と言ってもほとんど米軍だろうと思ってしまうが、実際には複数の国が軍を派遣していたのだと実感する。

おそらく朝鮮戦争とその後の韓国軍の陣地造成に伴って、城跡はほとんど破壊され、残っていなかった。ごく一部に城壁の断片が残るのと、無数の土器片が散在していることが、わずかに昔をしのばせる。遺物は大半が新羅系のもの。高句麗のも少しでているらしいが、百済の遺物は出ていない。

山の頂上の外周には塹壕が張り巡らされているが、この陣地では塹壕の補強に、元の城壁の積み石と思われる石が大量に転用されていた。他の陣地では古タイヤで補強されているのをよく見るが、ここには城壁の石がふんだんに残されていたので、それをそのまま流用したのだろう。 トーチカの内部を覗いてみると、臨津江の向こう岸の地形と、敵陣らしきものが色付きで書かれていて、矢印が何本か敵陣に向かって記されている。大きな銃眼の両側には古臭い書体のハングルで、左に「初弾命中」、右に「初戦撲殺」と殺伐とした標語が書かれている。

近代戦の戦跡地は、どうも生々しすぎる。

2007年3月17日踏査

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▲積城バス・ターミナルから2kmほど北上したところに案内板が立つ。

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▲積城郷校。李朝期の教育機関であるが、70年代に韓国中に復元されたようだ。郷校があるところには必ず山城跡もある。

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▲郷校の後ろの山が七重城である。

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▲郷校を右に見ながらこのような道を登って行くと、城跡が右手に現れる。

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▲▼僅かな残存城壁はこの道に面した南城壁面に見られる。

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▲山頂の草木は綺麗に刈り取られており、コンクリートや石で組んだ塹壕が剥き出しの姿を見せ始める。

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▲これは車両を格納する車両壕。

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▲▼臨津江を北に望む。

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▲南側、登ってきた道を見下ろす。

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▲城壁外周跡と思われるところに、隈なく塹壕が張り巡らされている。

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▲ヘリコプター発着場

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▲七重城解説板

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▲花が供えられていた。朝鮮戦争の戦死者に捧げたものだろう。

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▲積城の町もよく見渡せる。それにしても地名からして山城の密集地帯らしい。

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▲▼トーチカの中を覗いて見る。

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▲左に「初弾命中」、右に「初戦撲殺」と殺伐とした標語が古臭い書体のハングルで書かれている。

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▲攻撃目標を矢印で示したものだろうか。

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確認事項 1.戦闘準備・・・ 2.戦闘実施・・・などと書かれている。

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▲塹壕の内壁が、古城の石垣を再構築して固められている。

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▲土器や瓦片はいくらでも落ちている。

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