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2008年6月4日の1件の記事

2008年6月 4日 (水)

瓠蘆古壘(호로고루)~臨津江沿岸の古城群-1

持病の腰痛で一月程山城巡りを中断した後、リハビリ程度に、平地の古城をまとめて見に行った。
京畿道漣川郡。大韓民国の最北端、北朝鮮の開城から車で僅か10分ほどの国境地帯である。朝鮮戦争の時にはこの漣川郡を縦断する3号国道を、北朝鮮軍がソ連の戦車T34で南進した。そういうわけで朝鮮戦争の史跡ももちろん多いのだが、ここは遥か1500年以上昔の三国時代に、百済と高句麗が対峙した最前線でもあったようだ。

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▲漣川の観光地図に、古城跡を赤丸で書き込んでみた。クリックして拡大して見ていただきたい。漢江の北を東西に蛇行しながら流れる臨津江(イムジンガン)に沿って、その南北の両岸に10数箇所の要塞や山城跡が残っている。面白いことに、北岸に築かれた城には石築のものが多く、南岸には版築土塁で築いた土城が多い。同じ地域であり、入手できる建築材にも違いがなさそうなところから見ても、築城の先進国であった高句麗が北岸の城を石築で作り、南岸の土城は百済の手によるものではないかと思える。

まず訪ねたのは臨津江北岸の一番西側に位置する、瓠蘆古壘。これはこの地帯に独特な地形を活かした変わった形の城跡である。臨津江沿いは古代の火山活動で形成された火山岩でできた奇怪な形状の断崖や絶壁が多いが、この城も臨津江に突き出した細長い二等辺三角形のような玄武岩の絶壁上に築かれている。ちょうど三角形に切り取られたケーキそっくりの地形で、河に面する約20mの断崖はほぼ垂直である。
城壁はこの二等辺三角形の底辺にあたる、陸側を塞ぐような形で築かれている。なんとも不思議な形状である。

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同じような地形を利用した城跡は臨津江北岸にだけ他にも残っているが、それらと対峙するかのように、南岸にも主に土塁による城跡が残っている。これらの遺跡を見ると、この河が国境であったろうことが想像できる。

2007年6月16日踏査

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