« 2008年6月29日 | トップページ | 2008年7月13日 »

2008年7月5日の1件の記事

2008年7月 5日 (土)

仁川 桂陽山城(계양산성)~論語の木簡が出た初期百済山城

「最近発掘された百済遺跡」という本を見て、仁川に面白そうな山城を見つけて行ってみようと思った。仁川市北東の桂陽区にある、桂陽山城だ。初期漢城時代(4~5世紀)の百済の土器が出ており、百済の初築の可能性があるとのことである。

仁川市は、江華島と仁川国際空港以外、訪ねたことが無い。
電車を乗り継ぎ、まだ新しい仁川市地下鉄に乗ってソウルから1.5時間ほどで目的の桂山駅に着いた。桂陽山は駅から徒歩5分ほどである。たくさんのハイカーが登山口に向かって歩いていたので、後について行った。

この山城はまだ一部しか発掘されていないが、1.5トン・トラック一台分もの瓦片が出土しており、近くに窯跡があるかもしれないとのこと。
また、石築の井戸からは木簡が出土しており、論語の公冶長編の文章が記されたものがいくつかあり、儒教や漢字文化が伝えられた時期を示唆している。 木簡は五角形に削られていて、五面に文字が記されている。韓国では木簡の出土例がまだ多くないが、このような多角形の木簡はここでしか見付かっていないらしい。書体は魏晋南北朝時代に流行した楷書であるが、これを3~4世紀の百済のものと見るかどうかは異論もあるらしい。

城壁についてはあまり事前情報が無く期待していなかったが、南西側の六角亭前の絶壁に城壁が残っていることが、現地の説明版と写真(下)でわかった。2007_0708_104349aacoloradjusted_800

しかし残念ながら、夏草でびっしり覆われていて城壁全体を見ることはかなわず。かろうじて城壁の端の方に近付くことができて、写真を撮ることができた。小ぶりの四角い切石を積み上げており、古城によく見るタイプである。発掘された土器は今のところ新羅のものが大多数らしい。 Southwallpanorama_1024

この城壁も統一新羅くらいと見るのが無理がなさそうな気がする。他の城壁があったらしきところには、崩れた石塁がところどころ斜面に散乱していた。おそらく北門跡と思われる場所に、特にたくさんの石塁が広がっていた。

この山は水が豊富で、特に緑が濃いと思った。全山、真緑に覆われている感じだ。韓国は岩山が多く、これだけ木々が鬱蒼としているところは久しぶりで、日本みたいだと思った。梅雨空で湿気が多かったので余計にそう感じたのかもしれないが。

曇ってはいたが、それでもなかなかの眺望。近隣住民の人気のハイキングコースのようで、こんな天気でもたくさんのハイカーで賑わっていた。
山城の中は共同墓地になっているのだが、仁川市は墓地の買収と移葬を進めており、ここを2007年中に国家史跡に登録して、2008年から山城の復元事業を本格化させる計画とのことであったが、一年後の今日現在、まだ国家史跡には登録されていないようだ。

2007年7月8日踏査

続きを読む "仁川 桂陽山城(계양산성)~論語の木簡が出た初期百済山城" »

« 2008年6月29日 | トップページ | 2008年7月13日 »

フォト

にほんブログ村 ランキング

  • にほんブログ村 歴史ブログ 考古学・古代史へ
    面白いと思ったらクリックしてみてください!
2015年8月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          
無料ブログはココログ