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2008年7月 5日 (土)

仁川 桂陽山城(계양산성)~論語の木簡が出た初期百済山城

「最近発掘された百済遺跡」という本を見て、仁川に面白そうな山城を見つけて行ってみようと思った。仁川市北東の桂陽区にある、桂陽山城だ。初期漢城時代(4~5世紀)の百済の土器が出ており、百済の初築の可能性があるとのことである。

仁川市は、江華島と仁川国際空港以外、訪ねたことが無い。
電車を乗り継ぎ、まだ新しい仁川市地下鉄に乗ってソウルから1.5時間ほどで目的の桂山駅に着いた。桂陽山は駅から徒歩5分ほどである。たくさんのハイカーが登山口に向かって歩いていたので、後について行った。

この山城はまだ一部しか発掘されていないが、1.5トン・トラック一台分もの瓦片が出土しており、近くに窯跡があるかもしれないとのこと。
また、石築の井戸からは木簡が出土しており、論語の公冶長編の文章が記されたものがいくつかあり、儒教や漢字文化が伝えられた時期を示唆している。 木簡は五角形に削られていて、五面に文字が記されている。韓国では木簡の出土例がまだ多くないが、このような多角形の木簡はここでしか見付かっていないらしい。書体は魏晋南北朝時代に流行した楷書であるが、これを3~4世紀の百済のものと見るかどうかは異論もあるらしい。

城壁についてはあまり事前情報が無く期待していなかったが、南西側の六角亭前の絶壁に城壁が残っていることが、現地の説明版と写真(下)でわかった。2007_0708_104349aacoloradjusted_800

しかし残念ながら、夏草でびっしり覆われていて城壁全体を見ることはかなわず。かろうじて城壁の端の方に近付くことができて、写真を撮ることができた。小ぶりの四角い切石を積み上げており、古城によく見るタイプである。発掘された土器は今のところ新羅のものが大多数らしい。 Southwallpanorama_1024

この城壁も統一新羅くらいと見るのが無理がなさそうな気がする。他の城壁があったらしきところには、崩れた石塁がところどころ斜面に散乱していた。おそらく北門跡と思われる場所に、特にたくさんの石塁が広がっていた。

この山は水が豊富で、特に緑が濃いと思った。全山、真緑に覆われている感じだ。韓国は岩山が多く、これだけ木々が鬱蒼としているところは久しぶりで、日本みたいだと思った。梅雨空で湿気が多かったので余計にそう感じたのかもしれないが。

曇ってはいたが、それでもなかなかの眺望。近隣住民の人気のハイキングコースのようで、こんな天気でもたくさんのハイカーで賑わっていた。
山城の中は共同墓地になっているのだが、仁川市は墓地の買収と移葬を進めており、ここを2007年中に国家史跡に登録して、2008年から山城の復元事業を本格化させる計画とのことであったが、一年後の今日現在、まだ国家史跡には登録されていないようだ。

2007年7月8日踏査

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▲仁川市地下鉄桂山駅の北に、桂陽山がすぐ見える。

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▲登山口

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▲登山案内図。山城は山頂ではなく、右端の小さな峰に位置している。

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▲登山口から少しきつい石段を5分も登れば、山城に辿り着く。

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▲城入り口の脇には夏草の間から石塁が垣間見える。

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▲桂陽山城復元事業案内文

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▲右下、東南の一番低いところから城内に入り、東門跡らしきところに廻ってみた。

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▲道を通すために城壁を切り通したのか、元々の東門跡なのかちょっとわからなかった。

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▲この東門跡らしきところの近くに解説版が立っていた。円形の第1集水井は直系15m、深さ4.8m。4世紀百済の円低短頚壷(上写真)と一緒にここから木簡が出土した。近くから門礎石も(上写真)。もう一つの第3集水井は、外形20mの円形の内部が、10mx10mの方形になっているようだ。改築してこのような形になったのだろうか。

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▲▼瓦や土器片はあちこちで地表に散在している。

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▲▼北門跡と思われる場所。石塁が多く見られる。

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▲南城壁のある六角亭からの眺め。柵の下の断崖に、南城壁が残っている筈。

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▲柵の上から身を乗り出して見たが、城壁の上端が鬱蒼と茂る夏草の間から僅かに覗き見えるだけだった。

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▲高い位置から六角亭前の南城壁を望遠で。石築の城壁は、びっしり草に覆われている。夏場に山城を見に来るものではないな、と思った。

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▲この六角亭の東横にも登り口があった。ここから城壁下に回りこめないかと思い、下に少し降りてみた。

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▲少し藪を入り込むと、奥に石積みが見えた!

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▲さらに奥に進むのは無理で、僅か数mの短い区間ではあるが城壁の観察ができた。

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▲石の大きさは一見まちまちだが、厚さはほぼ揃っているようだ。

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▲稜線伝いに見える、隣の峰の桂陽山頂上。

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コメント

ご無沙汰しております。
さて5月2日~4日、またまた韓国を訪問します。
目的は古代山城です。
今回は日数が短く、まともに動けるのは一日だけです。
狙いは桂陽山城と唐城です。
2日の午後便で大阪を、4日の昼便で帰国ですので、初日に桂陽山城の近くへ移動しておき、早朝から桂陽山城、そして午後には唐城へと計画しています。
またまた甘えてしまいますが、なにかアドバイスをいただければ幸いです。
到着空港は金浦です。「松山バスターミナル」へ向かうつもりです。
よろしくお願いします。

平瀬英司

5月頭ですと、韓国では、そろそろ若葉が生えてきて、遺構が見辛くなり始める、ギリギリくらいかと思います。
効率よく廻れば、一日で上記の二城を見て廻れるとは思いますが、結構移動がしんどいかと思います。
別途、直接メールでご連絡させていただきます。

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