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2008年3月27日 (木)

寧越 正陽山城(정양산성)~南漢江上流で最大規模の古代山城

江原道の南部、寧越郡の正陽山城を訪ねる。
ソウルから高速バスで2時間10分。ふもとから30分程の登山でたどり着けた。標高400mほどの正陽山の頂上近くの谷を、石築の城壁で囲んだ古城である。5~6世紀の新羅か高句麗の城と推定されている。この城の特徴は、何と言っても保存状態の良い、その雄大な高石垣だ。一番高いところで約12mほどもある。真下から見上げると、とても中に侵入することは不可能に思えるほどの圧倒的な迫力。上から見下ろすと柵も何もないので、ズルッと滑ったりしたら御陀仏だな、などど考えて足が震えた。忠清北道の三年山城に匹敵する規模だ。しかもこちらは三年山城と違って近年の修復が入っていないにもかかわらず、城壁の保存状態が思ったよりも良好で、10m級の石垣が何箇所も残っていた。構造からみると、懸門式の城門や、城壁基底部に補強のための二次城壁を外側に加える点など、新羅の城に多く見られる特徴が出ている。城壁の全長は内城が1,060m, 高麗以降に加えられた外城が 570m、合わせて1,630mとのことだが、この外城がどこを指すのか確認できなかった。また、北西に位置する正陽里から渓谷に沿って登る途中に5箇所、外城内に2∼3箇所の遮断壁があるとのことだが、これも未確認。登山途中に、数十mの土段状の地形を見たが、あれが遮断壁の一つだったかもしれない。
この城の城壁は、どうやって積み上げたのだろう、と思うような急斜面に築かれている部分が多い。しかも城壁が高い部分ほどそうだ。おそらくは、もとはなだらかな斜面で攻められ易かった所を掘土してほぼ垂直の絶壁を作り、石垣で固めたのだろうか。

それにしてもこんなに大げさな城壁を築いたのはそれだけ強い敵と対峙していたということだろう。この近辺は高句麗と新羅の激戦地であり、山城跡が多い。その中でもこの城が最大規模である。三国時代の古城を見たい人には是非お奨めしたいところだ。

177_800

2007年4月1日踏査

<参考>
寧越郡の日本語HP;
韓国文化財庁のHP;

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